『セクサス』右チャンネルの謎


クサスを初めて聴いた時「ライブ・ハウス(=屋根裏)でバックにテープを流しながら演奏するなんて、紅蜥蜴って噂通りアヴァンギャルドだったんだ〜」と思ったものです。もしくはTHIS HEATみたいにテープと演奏をシンクロさせてたりしたら?と思いつつ、いつの間にか気にならなくなっていました。右チャンネルから聴こえるこの不思議な音は、実はバンドが故意に入れたものではなくアクシデント的に入ってしまった音でした。
当時のテープ事情
通常のカセット・テープ
『セクサス』を録音した4トラ
2トラックのテープ
 結論を先に述べると、『けしの華』に収録される曲は通常マスターに使われる2チャンネル2トラックのテープ(2トラ)でシティー・ロッカー・レコードに渡されたが『セクサス』だけ2チャンネル4トラックのテープだった。ところがそれを知らされていなかったシティー・ロッカーはその旨をレコード製造業者に伝えずにテープを渡したため、『セクサス』の4トラのテープも他の曲同様、2トラで再生しマスターリング〜カッティング を行いレコードにしてしまった、というのが『けしの華』の制作事情であり、これが『セクサス』の右チャンネルに予想外の音を入れてしまう原因だった。
 テープの基礎知識を踏まえながら当時の状況をもう少し詳しく検証してみる。まず左図のような民生用の普通のカセット・テープは通常、A面とB面の両面を録音・再生できる。“両面”というとテープの裏と表を録音・再生するような気がしないでもないが、実際はテープを縦に2分割し片方をA面用、他方をB面用に使用する。よってヘッドはテープの半分を読み取っていることになる。『セクサス』が録音されたテープは、これと同じ方式をとる2チャンネル/4トラック(=4トラ)だった。ただ一般の4トラ・レコーダーと異なるのは、左の図にもあるようにもう一方の面(カセット・テープではないので仮に「A'」面と記した)もA面と同方向に録音・再生できた点だ。つまり一方向で4チャンネルの録再が可能な機械だった。更に細かく言えば、オープン・リールで1秒間に38センチのテープ速度の「38(さんぱち)」4トラック・テープだ。
 一方、カッティングに出すマスター・テープは通常2トラックだ。2チャンネル/2トラックだとテープは左図のようにテープ面を全面、一方向1回で使い切る。
 仮に2トラを再生するのと同じ状態で通常のカセット・テープを再生すると、A面用に録音されているテープの下半分(左図参照)は片方のスピーカーから普通に聴こえるが、ヘッドがテープ全面を一方向で読み取っているためB面用に録音されている上半分は逆回転再生の状態でもう一方のスピーカーから聴こえてくる。

 それでは『セクサス』を録音したテープを2トラで再生するとどうなるか?A面用に録音された下半分とA'面用に録音された上半分の音が混ざって聴こえるはずだ(運悪く何らかの理由でたまたまA'面にも音が入っていた)。これが『けしの華』に収録されている『セクサス』をマスタリング〜カッティングした時の状況と考えられる。つまりA面=下半分に『セクサス』が録音されており、A'面=上半分には別のもの・・・レコードを再生すると右チャンネルから聴こえる音・・・が録音されていたことになる。
 ではなぜこのようなコトが起ったか?冒頭でも少し触れたが1977年2月にインスタント・レコードからリリースしたシングル用に録音した『セクサス』のテープだけが4トラ(当時モモヨ氏は2トラを所有していなかった)で、『けしの華』の他の曲は2トラだった。1980年の秋にリリースされた『けしの華』はモモヨ氏が紅蜥蜴時代のテープを自ら選別して、レコード化のために『ZOO』誌の森脇美貴男氏=新レーベルのシティー・ロッカー・レコードに委ねるわけだが、その時に『セクサス』だけが4トラのテープである旨を伝え忘れたため、特にチェックもしなかったシティー・ロッカーは全テープをそのまま業者に出してしまう。業者も4トラのテープが1曲だけ混ざっていることなど知る由もないので、そのまま他の曲と同様、2トラ扱いで処理されてしまった。これが『セクサス』右チャンネルの謎の答である。細かい技術的な部分に誤りがあるかもしれませんが。。。
 後にWAXからリリースされたCD版『けしの華』では、この右チャンネルの余分な音が削除されている。デジタル処理したのか、片チャンネルを利用して疑似ステレオにしたのか方法は定かではないが、とにかく相当な労力を要したと思われる。
 ちなみに1977年にインスタント・レコードから限定リリースされた『セクサス/白いドライブ』は4トラのテープを業者に出す時に2トラ化してもらうわけだが、この時に高額な手数料がかかった。この時の反省からモモヨ氏は新しくテープ・デッキを購入し、同年11月にリリースするスタジオ・ヴァージョンの『THE DESTROYER & ANOTHER NOISE』(side-A『デストロイヤー』/side-B『黒い人形使い』)で活用することになる。この辺の経緯については『蜥蜴の迷宮』p.244〜246などに書かれている。
Special Thanks to MOMOYO for the technical advices


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