SA・KA・NA

サカナ達は待っている 水銀の海の底
サカナ達は待っている 漁師達の釣針を

さびれた港町のきらめく朝の話
漁師達は舟を出す 光輝く船出さ
水銀の海原に朝日がくだける
水銀の海原に朝日がくだける

飛んでけ カモメ 絶望の空を
飛んでけ カモメ 朽ち果てた朝に

不知火の海の底 サカナ達は待っている
不知火の海の底 漁師達の釣針を

ユラリユラリ水銀の波に
キラリキラリ未来がゆれる

不知火の海で・・・ボクタチ サ・カ・ナ
ボクタチ サ・カ・ナ・・・不知火の海の底で
ボクタチ マルデ サ・カ・ナ




Zeke32(ジーク32)

遥か南方のワダツミ、蒼き海原のした、海のそこ、白き珊瑚の牢獄、檻にとらわれたマガツミたちは信じていたのだ。彼らが守ったはずの母国を……。

その思いはうめきとなった。唸り声は、ヨリシロとしている戦闘機、零式の残骸をつつむ玉藻の隙間からにじみ出し、黒き潮流にのり、北へと流れていったが、思いは伝わらなかった。

時折、北の母なる国から渡る海鳥は、女たちの、夜毎の嬌態と無恥な高笑いが巷をにぎわしている、 そんな無残な事実を繰り返し伝えはしたが、マガツミたちは信じなかった。

幾千もの黒き潮流は、うら若き乙女達のさざめく微笑みを羨む年老いた漁師たちの心に響いていたが、マガツミは、それすら知らなかった。

ある、夏の日、例年になく巨大な荒らしが海を攪拌し、珊瑚の檻が壊れ、あふれかえる泡の中、零式が海上に姿をあらわし、砕け散った。マガツミが銀色の龍となって上昇気流に乗ったのは、そのときだった。海水はあわ立っていたが、海上は凪いでいた。燦燦と照りつける陽光に気化した海水に支えられて銀色の龍は天かけたのだ。

……台風を上空、高高度から観測するため、グアム島の米軍基地を飛び立った哨戒機の観測スタッフは、眼下に渦をまく台風の中心にふと妙なものを見た、と思った。それは銀色のプロペラ式戦闘機だった。一瞬、見えたような気がしたが、直後に消失した。レーダーなどは、まったく反応していないから幻だったことは確かだが、彼の生涯でそれほど明晰な幻は見たことがなかった。そういえば、いつだったか、空中戦の歴史についてまとめた映画の中でその機体を見た覚えがある。名前はZeke(ジーク)といったはずだが……。なぜ、そんな中古戦闘機の幻を自分が見るのか、彼はしばらく考えていたが、いつか、彼が目撃した事実は、彼の記憶から剥がれ落ちていった。チームは、眼下、台風の目を写真に撮り、しばらく観測を続けた。……このまま行けば台風は日本本土に上陸する。あるいは、九州の一部かもしれない。こうしたデータを基地に送るのが仕事だった。

その数日後、夜明け。

……漁師たちは、台風にそなえて、漁に使う網を引き上げ、漁船も陸にあげて、一晩中、外をみていた。台風は、昨夜、九州南端に一度上陸したが、まるで陸をかすめるように北上し、深夜遅くに不知火海上空をぬけて西にそれたのだ。一夜明けた早朝の海は穏やかに凪ぎ、空も、さっきまでの荒天がまるで嘘のように晴れ渡っていた。
彼らは、昨夜、不思議なものを見た。
荒らしの逆巻く雲の間から銀色の龍のような影が一瞬姿をあらわしたのだ。それは、不知火海の上空で一吠えしたかと思うや、突然砕け散り、銀色の雫となって海に砕け落ちていったのだ。嵐の海が見せた幻に違いない。そんなことにかかずらわっている時ではない。嵐の後は、時に、とんでもない大漁にめぐりあう時があるのだ。そうして、彼らは船を出す用意に余念がなかった。

陽光を反射する銀色の海が彼らをまっていた。
不知火海のそこには、昨夜おちた銀の雫がゆらいでいた。
サカナたちは待っている……

2002年11月2日 モモヨ